2016年1月19日火曜日

愛犬コブラ

僕には2世代に渡って、「コブラ」という犬を飼っていた。
人間は殺せるけど、犬だけは殺せないくらい実は犬が好きだ。

最近、年をとったせいか、昔のことをよく思い出す。

コブラ1世は雑種で、迷い犬だった。
見つけたときにはクル病で、左前足をびっこひいていたので、「スペースコブラ」のコブラと名づけた。(弟が先に見つけたと言う話もあるが) クル病の薬やら、病気の治療でその当時7、8万かかったのを覚えている。
犬嫌いの祖父を兄弟で頭下げて、頼み込んで飼わせてもらった。僕が中学1年だった気がする。病気も回復して、とても強いたくましい犬に成長していった。
僕は大学入学で下宿することになり、親と兄弟に任せて玉に帰ってきたときだけ、遊んでやった。兄弟全員が大学や就職となり、コブラの面倒は、主に父の役目となった。
元気で丈夫な犬だったけど、よるとしなみには勝てず、立ち上がることができなくなって、糞尿にまみれていたこともあった。彼は、鎖で自分の首を締めてある日絶命していた。迷惑をかけまいと逝ってくれたのだろう。

川崎に移り住んだあとに、どうしても犬が飼いたくて、ゴールデンリトリーバーの子犬を飼い始めた。非常に温和で、誰にでも懐く素晴らしい犬だった。これがコブラ2世だ。
不運なことに僕の離婚や病気など重なり、やむなく実家に預けな久手はならなくなった。
その頃の僕は、仕事に忙殺されているか、病気と戦っていた。
最終的にコブラ2世は、12年生きていてくれたが、僕と生活を共にできたのは3年半くらいだったと思う。いつも実家から帰ろうとすると悲しい声をあげて「いかないで」と吠えていた。弱っていると聞いてはいたが獣医に連れて逝ったら何でもないと親は言われていたので信じていた。まさか、血液検査をしていないとは思わなかった。腎不全だった。
処置ができたはずの病気。衰弱しているので、実家に急いで帰り、別の獣医で血液検査をして、ショック死するかもしれないが、治療することに同意し、数時間後には逝ってしまった。僕が来るまで頑張って待っていてくれたんだと解釈している。

僕の父は、僕を冷酷な人間で無責任だと思っている。
この犬の件では結果的にそうなったので否定派できない。
ただ言葉に出さないから、そういう反応を示さないから、悲しんでないわけではない。
コブラ1世も2世も、こんなダメな飼い主だったけど、常に良きパートナー、僕を愛してくれていた。
僕も、飼い始めた当初から、預けなくてはならないことになるなら、飼うことはなったとだけは言える。

いまもまた、離ればなれになってしまった犬がいる。
3年間以上ずっと一日中一緒だった。
いま一緒にいられないのが、残念だけど、この子には今までの先輩達にしてやれなかった分以上に可愛がっていた。
いつの日にか、この子が先輩たちにあったときに、「とーさんはみんなの分まで僕を可愛がってくれたよ」と伝えてもらいたい。
でも、長生きしろよ。小さいおじさん。